アメリ力のオフィスで働き始めた 

僕の父は建築家だったので、製図板を机代わりにもしていたが、それで僕は建築家が製図板の上の紙にかまわず落書きをしながら話をしている光景によく接していた。

いわゆる 「ドウードウリング」だ。

英語でDOODLINGは辞典によると、「[米国語](会議中や考えごとなどしているときにぼんやり書く)いたずら書き、落書き」となっている。

映画などでビジネスマンが電話の受話器を肩にのせながら、デスクパッドの上になにかわけの分からない模様や文字のようなものを書いているのに気づくことがあると思う。

後にマンハッタンで働き始めて僕は、ドウードウリングをしているビジネスマンがずいぶん多いことを知った。

ときどきドウードウリング・コンテストなども催されるのを見ても、これがアメリカン・ビジネスマンのオフィスでの習性のーつであるらしいことが分かる。 

製図板の上の紙のように大きくて、何枚も重なっているのを次々に破いて新しくしていくデスクパッドがある。

こうしたものを見ると、アメリ力の資源の豊富さ、大胆さ、それに合理性を感じる。

新雪のLを思いっきり走りたくなる気持ちと似て、大きな白い紙があると思いっきりなにか書いてみたくなるが、この気持ちを満足させてくれるのがこうしたデスクパッドなのだ。

リーガルパッドはオフィスの常備品だ 

これは机の上に置いて使う大きなものだが、アメリカのパッドの代表はなんといってもイエローリーガルパッドである。

世話になっていた家庭の主人、ミスター・ブルックは、前にも述べたが公認会計士だったのでいっときもと言っていいほど手元から黄色いリーガルパッドを 離さなかった。

あるとき彼のオフィスを訪ねて、初めてアメリ力のオフィスの中を覗いてみるチャンスがあった。

黄色い文房具が多いのが目についた。

うち合わせらしき場面を覗いていたら全員黄色い軸の鉛筆で、イェローリーガルパッドを膝の上に置いてノートをとっていた。

後にマンハッタンで仕事を始めてみると、なるほど用度の文房具を入れてあるサプライズ・キャビネットの中のイエローパッドの早く無くなること、とにかくアメリカのビジネスマンはよくノートをとる、そして必ずと言っていいくらいイエローパッドを使っているのだ。

スクラッチパッド(イエローリーガルパッドの別名)にでいいから案を書いて持ってきてくれと電話で言われて、手当たり次第に机の鉛筆を手にとると黄色。

ダース単位で買う場合、文房具店に行ってただ鉛筆、もしくはオフィス・ペンシルをくださいと言うと、ビーナス、モンゴール、ミラド、タイコンデロガとすべて黄色い軸の鉛筆がさしだされる。 

その後ニ十年たってイエローリーガルパッドの代表的メーカーであるアムパッド社を訪れるチャンスがあった。 

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イエローリーガルパッド
アメリ力の代表的な文房具だ。黄色い紙、 綴 要表に引かれた罫線、左端の縦の赤線、ミシン目 ー これらを基本要素として、多くーのバリエーションが作られている。アメリ力のオフィスは、タイプするにいたるまでの段階で、このイエローバッドを大量に消費する。 


コネチカット川の豊かな水と近辺の木材を利用して、米国最初の都市計画に基づいて造られた工業都市がマサチューセッツ州ホーヨークだ。

ハードレー滝の十五メートルにもおよぶ落差に目をつけたボストンの実業家のおかげで、いち早く工業化され製紙業と繊維業が栄えた。

街の北側にあるダムは完成当時は世界最大で、せきとめられた水は街を横切る並行した二本の運河に流される。運河沿いに細長く建った工場は、 一方の運河から水を取り、建物の反対側に並行して流れる運河に流し出すことによって水力発電機を回し動力としている。 

また、この近辺には学校が数多くあることでも知られている。

地形はゆるやかな、英語でいうローリング・ヒルズ、なだらかに起伏していて、ところどころに煉瓦の土台の上に白いペンキ塗りの家が建っている。

内陸の典型的ニューイングランドの光景である。 

かなり多くの紙製品メーカーがこの近辺に集まっていて、歴史上いかにこのホーヨークが製紙産業の先端にあったかを物語っている。

品質が高く、黄色の品がよく、製品のバラエティーも豊富なアムパッド社も、やはりここホーヨークに本拠をおいている。 

アムパッドは、カナダ人、トーマス・W・ホリーが1884年に24歳で設立して、すでに百年の歴史を持つ。

しかし彼は、19年後の1903年11月に社長の座を突然辞任し、故郷のカナダに帰ってしまった。

競走馬を持つのが趣味で、会社の財産を使い込んだのが発覚したため、起訴されるのを恐れて、すべての財産を売りはたいて逃げたと伝えられている。

 彼はカナダから移ってきたとき、最初ホーヨークの製紙会社バレー・ペーパーカンパニー で働いた。

 しかしアムパッドを創立したときには、すでに大邸宅に住んでいて、創立時には七千ドルもの個人資金を充てていたことが記録に残っているが、だれもこの大金の出所は知らないらしい。 

設立の由来は、街の製紙会社に勧められて、検査に通らなかった紙を使い、メモ用紙を作る工場を単独で始めたのがそもそもだが、製紙会社の多くは、これらの紙の始末に困っていたのが実状であったようだ。

製紙会社の商品として出荷できない、なんらかの理由で検査不合格になった紙の買い付けは、百年たったいまでも続いている。 

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