筆記用具の基本は鉛筆とボールペンだ 

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鉛筆

僕は早速スチューデントストアと街の文房具店で筆記用具の探究を始めたoそこで西町スクールで使い慣れた中古のイエローペンシルの新品が棚狭しとあるのを見て思わずーダース買ってしまった。

スチューデントストアでは学校の名入りのイエローペンシルを売っていた。

ブラックウイング・ブランドの鉛筆は消しゴムの付いているところの断面が長方形をしていて、消しゴムはアルミの板にはさんでありスライドして入れてある。

消しゴムが減るにつれて少しずつ引き出して使うのだが残念ながら消しゴムのスペアは売っていないとのことだった。

その後、何度も見たグレンミラー物語の映画をまた見る機会があったが、俳優のジェイムス・スチュアートは映画の中で楽譜を書くのにこのブラックウイングを使っていることを発見した。

アメリカでは鉛筆の硬さの表示が全く日本と違っていたのにも戸惑った。アメリカの表示法は数字の1から4までで、1は柔らかく、4が最も硬い。

ソフトとされているのは1もしくは1%、ミディアムは2もしくは2%、そしてなぜかメーカーによってはF(これだけは数字ではない)があり、すこし硬いのは3で、最も硬いのが4になっている。すなわち2は日本ゃョーロッパでいうHB、F、もしくはHということになる。

このブラックウイングは軸に数字で硬さが表示してないが種類としては柔らかい部類に属していて、エグゼクティブ、ライター、ェディター用とされている。

映画の中とはいえ音楽家が楽譜を書くのに使いそうなことも想像できる柔らかい鉛筆だ。

六角のエッジが少し丸くなっているのが特徴で、普通のイエローペンシルより価格の高い、なかなか質感のある、アメリカ製で初めて気に入った鉛筆であった。

ロスでは冬になっても雨はほとんど降ることがなかったが、朝早くから製図の授業がある日はやはり難儀だった。大きな製図道具を持っていかなければならなかったし、僕はバイクで通っていたので、製図の授業が始まっても、鉛筆を持った手がかじかんだまま震えてしまって、落ちつくまでに時間がかかるのだ。

僕の父は建築家だったので、僕自身、日本にいたころ、製図の真似ごとをしたこともあつて、アメリカでの僕の製図道具も全く新しいものばかりではなかった。

いくつかはアメリカで入手したものを使ったが、中でも愉快だったのは鉛筆をとぐ道具で、小型の羽子板の形にサンドペーパーがステープルで何枚も綴じてあるのだ。

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古くなると、これをはがして使うのであるが、そうしたやり方にアメリカの道具の基本を見るような気がした。

製図を教えていたフィンク氏はグレーの髪の、ヘリンボーンのツイードが似合うもの静かで親しみのもてる人であった。彼は第一日目にそろえなくてはならない必要な道具類の説明をしてくれた。まだドラフティングペンも普及していないころで、まずは、鉛筆の説明から始まった。

「イーグルのトーコイズの2Hから4Hまでは必ず用意すること。削るのに手間がかかるので、レッドホルダーを購人して、指定の硬さの芯を買ってくること」。

早速スチューデントストアへ行ってコイノーのブランドのレッドホルダーを手に入れてきた。コイノーは本来オーストリアのブランドだが、これはなぜかイタリア製だったと記憶している。

メカニカルな感じが気に入っておおいに愛用していたが、やはり木の匂いの鉛筆が恋しくなり、トーコイズだけでなく、他のブランドを探し始めた。まだ僕が幼いころに、ドイツのキャッスルというブランドの鉛筆が最高であるといった父の言葉を思い出して、ロスのダウンタウンのマッカーサー・パークの近くまでいった。この近辺はちょっとしたアートの中心で画材屋と製図道具の専門店がある。大きなやしの木のあるマッカーサー・パークの斜向いの「ダニエルズ」へ行ってみた。店内に並んでいる高級鉛筆を調べていて、父から得た情報を間違って記憶していることに気づいたのだ。天秤のマークのついた、グリーンに銀の文字の見覚えのある鉛筆は、実はキャッスル(Castle)ではなく、カステル(Castell)であった。とても高価で、幼い小学生のころには宝物のようにあこがれていた鉛筆を手にした喜びといったら大変なもので、早速、両親に手紙を書いたほどであった。

小学生のときには触らせてくれなかった製図道具にはあまり興味がなかったが、ここでは好き嫌いにかかわらず使わなければならなかった。しかしスチューデントストアで見る製図道具は繊細さに欠けていて好きになれなかった。フィンク氏も同感だとは言ったものの、アメリカ製も最近は良くなってきたと言ってコンパスを手に取って説明してくれた。僕も同じものを購人していまだに持っている。

この授業は成績が良くフィンク氏は僕にロッキード社でアルバイトをしないかと勧めてくれた。

留学生は働くことを禁止されていたので丁重に断ったのだが、後で考えてみたら、軍需産業のため外国人はいずれにしても働けなかったのではないかと思う。

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