文房具

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昭和61年発行

新潮社文庫

市浦潤 著 文房具より


大工、ペンキ屋、ブリキ屋などの職人たちの仕事を何時間でも飽きずにしやがんで、じつと見つめている小学校前の男の子がいた。

友だちの遊びのさそいも無視して、一挙一動を見守っていた。

家に帰ると早速、父の大工道具を持ち出して、見よう見真似で使ってみた。


父は職業建築家だったので、かなりの道具が揃っていたが、その道具をこっそり持ち出しては、使いものにならないようにしてしまって、お目玉をくらっていた。

日曜日によく父が家で仕事をするのをストウールを引っぱってきて上によじ登って見ていた。

いたずらの材料がなくなると、父の仕事部屋に忍び込み、製図の道具と文房具に手を出していた。

まず体験したのはコンパスの針の鋭さ、誤ってその獄端を指に刺してしまったときの痛さであった。トレーシングペーパーの上でなく、製図板の上に直接、無数の円を書いた。


そのころはまだドラフターなどはなく、T型定規が使われていたが、これで何本となく板の上に線を引いた。気の毒に、父は私のいたずらの跡がいっぱい残っている製図道具を使わねばならなかった。

小学校に入った。正門の斜め向いにある、煙草屋といつしょの文房具屋には、父の持っているような文房具は見当たらず、ものたりないものばかりだった。

そのうちアメリカからの使い古しの文房具が手に入るようになった。


そのころの日本の文房具はまだ品質が悪く、それに比べてアメリカ製はプロの使うとても高級な道具のような感じがした。

高校を出て、アメリカに渡った。文房具屋の店頭は、それまでプロの使う道具としか思えなかったものであふれていて、初めて観たときにはとても興奮した。

学校を出て、世界のビジネスの中心と言われるニューョーク、マンハッタンに移り、いよいよ社会人として働き始めた。


ニューョークのオフィスでの文房具の使われ方を見ていると、ひさしぶりに、その昔、職人仕事を見ていたころの興奮を思い出した。


こうして、僕は文房具への思い入れとこだわりを長年にわたって持ち続けてきた。

やはり文房具は「持つ」ものではなく、「使う」もの、という考え方が好きだ。

文房具は文筆業にたずさわる人たちだけでなく、使う人ひとりひとりをプロにしてくれる。

今この原稿をワープロで書いている。そろそろ三台目を手に入れようかと考えている。


友人に言わせると、僕のように日本語もろくにしゃべれないうちにアメリカで言葉を覚えてしまって、どちらの言葉にも不自由な「ボーダーライン・ジャパニーズ」にもっとも向いている道具(文房具)だと言う。

こういったエレクトロニクス文具は、これからますます、見慣れた文房具にとって代わっていくだろう。

しかし在来の多くの文房具も、ヒユーマン・フレンドリーな道具として、僕たちをたのしませつづけてくれるはずだ。


この本には、使いこなす道具としての文房具が集められている。

撮影等でご協力いただいた伊東屋、池袋西武、大丸藤井といった大きな文房具店ならば、たいていのものは手に入る。

ただ、なかには僕のコレクションから出したもので、ちょっと手に入らないものもある。

ひとつはアンティークで、これは知識の拠りどころにするために。

もうひとつは、外国では広く使われているのに、まだ日本には入って来ていないもの。

広く使われているのにはそれなりの理由があるわけで、僕はこの本に載せたそうした文房具を、オフィスゃ書斎に採り入れることをぜひ勧めたいと思っている。


幸い、先の大手文房具店を中心に、徐々にではあるが販売されるようになってきている。

それに、採り入れてほしいのは、ものであると同時に、考え方であり、使いこなすノウハウでもある。

この本が、文房具に関心をもつ人の役に立ってくれるなら、とてもうれしい。

2017年1月

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